私はただお酒を飲みたい

あつあつ燗……お絵かきとアメコミ映画と特撮と猫が好き。うつ病治療中。日本酒は福寿と白鷹が好き。大体Twitterにいます。

私はただお酒を飲みたい…うつ治療中の社会人によるブログ

素晴らしい自分という仮定

ここ数日、なぜか心が疲れている。
急に寒くなったからか、ダイエットが辛いのか、薬が効かなくなってきたのか、原因はわからない。
ひとまず、新しくNetflixに入っていた『クィア・アイ in Japan』を観て、輝き始めた人々を見て、ふと思った。
「私はどうしたいんだろう?」と。

家に引きこもっていてもジムに行っても解決しないため、今日は宛もなく街を歩き回った。
海を見て、服を見て、物を見て、甘いものを食べた。
心ときめいた化粧ポーチとリップを買った。
可愛らしいスタバの紙カップに口をつけた。

歩きながら、悶々と考えていた。
「素敵な服を着れる体になりたい」
「ときめくモノに囲まれたい」
「心が擦り減る生活はしたくない」
「絵から離れたくない」

私はずっと、夢を持つことを諦めていた。
私には夢を叶える能力が無いと思い込んできた。
努力すらしなかった。
○○になりたい・○○をしたいと言うと、アンタには無理だと否定された記憶が強いからだ。
私はふたつ返事で「じゃあ辞める」と返してしまった。
諦め癖がついたのはその頃だった。
他の人には「できるよ」と言われてきたのに。
否定してきた本人にも、「あの時、もっと抗えばよかったんだ」と後に言われた。

学生時代、私はどんどん何も出来なくなっていった。
勉強は頭に入らず、バイトする気力も無かった。
そして、自ら型にはまった厳しい就職先を選び、倒れた。
合わないとはわかっていた。
今思えば、自滅したかったのかもしれない。

夢を追い損ない、ついでに死に損ねた私は、いったい何になりたいのかを、今日はずっと考えていた。

ひとまず、素敵な服を着たい。
サイズが無くて涙する日々から卒業したい。
これは、ジム通いと食事制限を続けていたら、なんとかなるかもしれない。

仕事がしたい。
もっと自由で、ときめく仕事がしたい。
そのお金で、ときめくモノを買って、自分を囲みたい。
どんな仕事なのかはわからない。
私にできることは少ない。
それとも、努力すればできるのだろうか?

絵を描きたい。
今でも絵を描ける環境ではあるのだが、私の精神が追いついていない。
こればかりは治療に専念するしかない。

整理していくと、ほとんどが現状維持でなんとかするしかないことばかりだ。
解決までの道は遠く、今の自分に納得できないまま。

しかし『クィア・アイ』では、今の自分が素晴らしいのだと教えてくれた。
努力していてもしていなくても、素晴らしいのだと。
自分の人生だから、と。

ここで私は、自分が素晴らしいと仮定した。
きっと、こうして悩むことも、私の人生にとって素晴らしい経験だ。
納得がいかないのだって、悪いことじゃない。
諦めも一種の選択だが、後悔するなら間違いだ。
でも、まだやり直す時間はある。

素晴らしい自分、という定義はすごい。
今日という一日も、くすぶっているようでいて、発展途上の一環だと思えた。
ぬるくなったコーヒーが、美味しかった。