私はただお酒を飲みたい

あつあつ燗……お絵かきとアメコミ映画と特撮と猫が好き。うつ病治療中。日本酒は福寿と白鷹が好き。大体Twitterにいます。

私はただお酒を飲みたい…うつ治療中の社会人によるブログ

お金、病気、認知の歪み。

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うつ病で休職し、収入が、元から薄給だったのが、傷病手当金で3分の2になった。

そこから社会保険料が3万弱と、住民税が引かれていく。

実家暮らしじゃなかったら、母の助けが無かったら、正社員じゃなかったら、とっくに死んでいたと思う。

上記が無い方は、果たして無事に生きておられるのだろうか。

 

「恵まれているんだから」

母側の祖母の言葉だ。

私が恵まれていることは充分にわかっている。

こうしてネットに情報発信できるのが、如何に難しいことか。

街まで往復で1000円もする田舎において、電車で出かけてお茶できるのが、如何にかけがえのないことか。

働けなくなっている今、身にしみる。

 

父が死んで、収入が無くなって、それでも私が高校や短大に行けたのは運が良かった。

こんな恵まれた私なんかが精神を病んでしまっている現状に、申し訳なさでいっぱいだ。

 

けれどもこの現状は、他のとらえ方もできる。

「恵まれているんだから」

死に場所を求めて家を出て、泣きながら祖母に電話をかけたあの日に言われた。

この「恵まれているんだから」の後に続く言葉を、母が後日補完してくれた。

「恵まれているんだから(悲観する必要はない)」

私にとっては目から鱗だった。

私は「恵まれているんだから(贅沢を言うな)」と歪んでとらえていたのだ。

優しい祖母に対して申し訳なく思った。

 

この「認知の歪み」に気付くのもカウンセリングの目的のひとつだと、田中圭一先生著「うつヌケ」で記されている。

こちらの書籍は、様々な方のうつから抜けた状況や方法が載っているのでおすすめだ。

 

認知の歪みというのは、自分ひとりでは気付きにくいものだ。

しかし、治療と生活でギリギリの身に、カウンセリングは財布に痛い。

ましてや私のように対人恐怖を抱きやすいと、カウンセラーさんとのコミュニケーションは難しい。

私の場合は母がいるのと、心理士さんとあまり気が合わないと感じたため、カウンセリングは見送っている。

けれども、カウンセリングが必要と言われ、納得したなら、有益な出費だと思う。

生きるための出資と言えるだろう。

 

行政の相談サービスを受けるという手もある。

都道府県や市によって相談場所が異なるようなので、各々で確認し、記憶に留めておくのもいいかもしれない。