私はただお酒を飲みたい

あつあつ燗……お絵かきとアメコミ映画と特撮と猫が好き。うつ病治療中。日本酒は福寿と白鷹が好き。大体Twitterにいます。

私はただお酒を飲みたい…うつ治療中の社会人によるブログ

対人恐怖と付き合う。

私は、なんの変哲も無い子ども……とは言い難かったと思います。大人からしたら、少し面倒な子だったろうなと、当時の記憶から想像しています。

 

幼い私はとても静かで、ものを尋ねない子だったそうです。でも話を聞いていない場面が多くて、後で困ったことになる。よく幼稚園の先生に叱られていて、幼稚園が大嫌いでした。

 

友人もほとんどいませんでした。自分から声をかけるのが恐ろしかったのです。これはかなり小さい頃、祖父に突然無視された経験が鍵となっています。これも、よく先生に怒られる要因のひとつでした。そして、唯一友人だと思っていた幼稚園の頃からの同級生は、小学校に入ってから私の教科書を盗むという裏切り行為をしました。おそらくここで、私の対人恐怖が確固たるものになったのではないかと推測します。

 

ちなみに、幼稚園の頃に私をいじめていた子たちは、後になって同じ空手道場に通うことになり、私のほうが帯が上になって拳で直接ぼこぼこにできたので、私の中のわだかまりは解消されています。


でも、拳で解決できないことのほうがこの世には多いです。私の場合は特に、悪口を言っても解消されません。

対人恐怖は、なかなか外れてくれないまま、私は体だけ大人になりました。進学し、就職し、うつ病と診断されました。

 

きっと、この対人恐怖をなんとかしないと、いわゆる「うつヌケ」は難しいでしょう。他人を信頼できない、自分を信用できない自分とどう付き合っていくのか。これを考えることは、おそらく、寛解のために必要なステップなのでしょう。

 

「相手を理解する」
今のところ、これが私の答えのひとつです。相手がどう思っているのか、どういった状況なのかを考える。すると、得体の知れない恐怖が、得体の知れる恐怖に変わります。漠然とした恐怖への不安より、形がある程度わかったほうが立ち向かいやすい。ぼこぼこにしていた頃と変わりませんね。そこから、「どうやってこの不安をマシにしよう?」と考えるのです。

 

これがわかっただけでも、この治療の日々は無駄ではなかったと思えます。
以上、最近の「気づき」でした。