私はただお酒を飲みたい

あつあつ燗……底辺社会人。お絵かきとアメコミ映画と特撮と猫が好き。うつ病治療中。日本酒は福寿と白鷹が好き。大体Twitterにいます。

私はただお酒を飲みたい…うつ治療中の社会人によるブログ

昨日のこと、希死念慮のこと

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昨日の朝、本当に自死したくなって、家を飛び出しました。
視界はぐるぐると狭まり、ずっと胸が締めつけられているのに、どうしてか足は軽い、そんな感覚でした。
なるべく人の迷惑にならない、でも好きな場所をと必死で考えていたら、いつも行く街に来ていました。
何処かで飛び降りようと思っていました。
飛び降りて、誰かもわからないくらい粉々に砕けてしまいたかった。
けれど、ふと海を見たとき、亡き父の顔が脳裏に浮かびました。
そこは、昔は亡き父とよく遊びに来た場所でした。
海に向かって走り出した幼い私を、慌てて捕まえてくれたのを、ぼんやり覚えています。
あのとき父に救われた私が、似た場所で死ぬことを考えている。
罪悪感が余計に希死念慮を増幅させると同時に、「本当にこれでいいのか?」と自分を責める材料になりました。
たぶん、これは駄目なんだろう。
その考えの確信が欲しかったんだと思います。
私は室内に避難して、震える手でスマートフォンを操作し、「自殺 相談」と検索しました。
すると、市の自殺予防窓口の電話番号が出てきました。
臨床心理士さん等の専門家が話を聞いてくださるようでした。
奇跡的に、電話はすぐに繋がりました。
「こちら、◯◯市◯◯電話相談です。どうされましたか」
極度の緊張と強烈な希死念慮で吃りながら、私は思いつく限りの言葉を発しました。
「死にたいと思って、外にいます。どうすればいいですか」
確か、そのようなことを言ったと曖昧に記憶しています。
電話の方は、そんな私に少しずつ質問しながら、落ち着かせようとしてくださいました。
街にいること、うつ病と診断されたこと、家族に迷惑をかけていること、何か障害があるかもしれないこと、もう働けないかもしれないこと、生きていても仕方がないと考えていることなどを話しました。
電話の方はひとつずつ、丁寧に答えてくださいました。
「あなたはとても優しい方なんですね」
「最後に病院に行ったのはいつですか?」
「それはうつ病の症状です」
「私も、お話を聞く限り、そうじゃないかと思います」
「あなたは働くことができます、支援する施設もあります」
電話の情報だけにも関わらず、的確な回答をしてくださいました。
「寝たきり状態だった方が、お一人で外出するのはすごいことなんですよ。せっかくだから、お茶でもしたらどう?」
はい、そうしてみます、ありがとうございましたと言って、私は電話を切らせていただきました。
気分や視界が幾分かすっきりしていました。
もう、死に場所を求めて彷徨うことはありませんでした。
適当な店でコーヒーを飲みながら、信頼しているほうの祖父母の存在を思い出し、久しぶりに電話をかけました。
声を聞き、話をするだけで涙が出ました。
気分が辛いことを相談しながら「顔を出しに行っていい?」と尋ねると、快く承諾してくれました。
すぐに大好きな祖父母や伯母に会いに行き、たくさん話して笑いました。
自殺のことしか考えられなかった数時間前とは嘘のようでした。
誰の顔も見えなかった。
誰の声も恐ろしかった。
自分にのしかかる空気が苦しかった。
何もかもが重すぎた。
もし私の心の中に誰もいなかったら、とっくの昔にこの身は砕け散っていたでしょう。
無念にも死んでいった父がいなければ、私は電話をかけなかったでしょう。
自殺予防の窓口がなければ、生への確信が持てなかったでしょう。
優しい祖父母がいなければ、私の居場所は無かったでしょう。
何も言わずに早朝から外出し、夜遅く帰宅した私に、何も言わなかった母は、どんな思いだったでしょう。
「あなたは恵まれてるんよ」
電話での祖母の言葉が胸に刺さります。
「それがわかっているから、余計につらい」
私はその時、そう答えました。
でも、事実は事実なので、享受する以外ありません。
逆に言えば、享受してもいいのです。
持っている限りの幸福を、私は利用してもいいと、言ってくれているのです。
今回の経験で、生まれて初めて、この答えに辿り着きました。
おそらく多くの人にとって当たり前の権利を、私は蔑ろにした上、捨てようとしているのだと、気付かされました。
まだ、権利があるのかな。
まだ、生きてもいいのかな。
そう思えました。

 

電話で相談に乗って引き止めてくださった方には頭が上がりません。
私に考える余裕を与えていただき、本当にありがとうございました。