私はただお酒を飲みたい

あつあつ燗……お絵かきとアメコミ映画と特撮と猫が好き。うつ病治療中。日本酒は福寿と白鷹が好き。大体Twitterにいます。

私はただお酒を飲みたい…うつ治療中の社会人によるブログ

休職した時の話

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今回は休職したての頃の出来事と思考について、記録しようと思います。

猫の写真は関係ないです。

あくまで私の例なので、あしからず。

 

 

  
起き上がれなくなった

仕事で失敗が続く中、ある日の仕事終わりに嘔吐しました。
その頃はずっと「しにたい、しななければ、父はもういない、でもいけない」としか頭に浮かばない極限状態でした。
なんとか母に連絡し助けを求め、翌日は仕事を休みました。

 

衛生に厳しい職場だったため、内科を受診するよう上司に言われて行きましたが、何ともありませんでした。
この時、状況をTwitterで呟くと、有難いことに、多くの方に「早く病院へ行ってください!」とリプライをいただきました。
あまり重大に考えていなかったのですが、ふと、ネットで読んだメンタルについての知識を思い出しました。
試しに自己診断してみると、何種類やっても「重度のうつ病の可能性があります。至急病院に行ってください」としか出ませんでした。
母に反対されるのではと思っていた私は、自分でメンタルクリニックの予約をとり、ひとまず診断通りに行ってみたのでした。

 

初診では、レクサプロ半錠とメイラックス1錠を処方されました。
30分くらい生い立ちを訊かれましたが、特に病名も無く、ただ「不安を和らげる」とだけ言われ、「また来週も来るように」と予約をとらされました。
逆に不安だったので自分で調べると、それらの薬は抗うつ剤と抗不安剤でした。

 

クリニックに行ってからようやく母にこのことを打ち明けると、「行ったほうがええと思うよ、だってあんた、ずっとおかしかったもん」と返ってきて驚きました。
中学時代、こどもの心療内科を受診する時は嫌な顔をしていたからです。(結局、その病院はハズレと判断し、病院での治療を諦めました。)

 

いざ仕事に復帰すると、上司たちから、病院でどんな診断を受けたか事情聴取されました。
精神科にかかっているとは到底言えず、「薬をもらった」とだけ告げました。
職場の人は当時、私が胃薬を処方されていると勘違いしたそうです。

 

この頃は職場の人の前で食事ができない日が続いていて、休んでからはトイレで嘔吐していました。
昼休みは母に電話をして耐えていました。
かなり不審に思われていたことでしょう。
聞こえるように陰口を言われ、失敗を繰り返し、もう限界だと頭が訴えていました。

 

2回目のクリニック予約の前々日、私は布団から起き上がれなくなっていました。
心配した母が私の元へ来ると、私は涙をこぼさずに泣きながら、「はたらけない」と呟きました。
全てを察知してくれた母は、会社に電話をかけてくれました。
「精神科を受診しているんです」「本当にあの子はそんなにミスをしていたのですか?」「ひどく怒られると言っていました」「泣いているんですよ」
それらはどれも職場を責めている言葉で、母は味方になってくれるのだと少し安堵したのを覚えています。
電話をかけ終えた母は「病院の日まで休み取ったったからね。もう行かなくていいからね」と言いました。

 

次の受診は一人で行けず、母が付き添ってくれました。
お医者さんに、職場の理解が無いことや、自力で起き上がれないことなどを話しました。
すると「働くのは無理ですね。あなたはストレス性心身症です。休職の診断書を出すので、会社に提出してください」と唐突に診断名を言われました。
薬も増やされました。
あまりに怒涛の展開で頭が真っ白になったのを覚えています。
まさかそんな大事になるとは思わなかったのです。

 

 


休職しても苦しい

 

休職って聞くと「休めるじゃん」というイメージなのですが、私は最初の頃は苦痛でした。
なにせ、うつ症状がどんどん重くなっていくのです。
おそらく仕事によって抑えられていたのだと思います。
眠い上に、死への思いが苦痛で、1日のほとんどを眠ってすごしていました。
ふらふらとトイレに起きる程度で、食事すらまともにとりませんでした。
電気のコードで首を絞め、止められた日もありました。

 

数日後、母に泣きながら「入院したくないなら、お願いやから食べて」と懇願され、お粥を口に運ばれました。
この時、「私はなんて愚かで惨めで駄目な存在なんだろう」「消えてしまいたい」とずっと考えていました。
病院や老人ホームで見たような状態に、若くて健康な自分がなっているのです。
自分が、そうなるなんて。

 

もしこの時に誰かから「頑張れ」なんて言われていたら、私は頑張って首を吊っていたでしょう。
母がいなかったら、1人ゆっくりと餓死していたでしょう。
今でも時々「それでも良かったのにな」なんて考えてしまいますが。

 

 


うつは甘え?

 

いかがでしたでしょうか。
もしこれを読んでおられる方で「うつなんて甘えでしょ、気の持ちようでしょ」と思うなら、それで構いません。
知らなくて結構です。
戦争や飢餓で苦しむ人々を知らずに生きても、罪に問われませんよね。
それと同じです。

 

ただ、苦しむ人を見過ごせない方は、周囲に心の病気で苦しんでいる方がいたら、心の病気について調べてみてください。
そして、ご自身の負担にならない程度に、支えてください。
あなたが必要なんだと、教えてください。

 

私は、母はもちろん、お医者さんや弟、心配してくださったTwitterのフォロワーの皆さまのお陰で、生きることができています。
非常に有難いと同時に、今まで見えなかった支えを信じることができて、ごめんなさいと泣きそうな日々です。

 

私事ではありますが、今度、心理検査というものを受けます。
そして、これからを生きるため、どんな結果でも受け止めて昇華しようと思います。